絶対に成り立たない「雄略天皇=倭王武=獲加多支鹵大王」説
今の日本の歴史学界の定説で、一番のトンデモ説は「雄略天皇=倭王武=獲加多支鹵大王」説である。
なんというか、これは文献史学上の「雄略天皇=倭王武」説と考古学上の「雄略天皇=獲加多支鹵大王」説をチャンポンにした結果、矛盾してしまったわけだ。
というのは、絶対に成り立たないのが「倭王武=獲加多支鹵大王」説だからである。
『宋書』では「倭国伝」において「倭王興が没して倭王武が立ち、478年に倭王武が朝貢してきた」という意味のことがある。
そして、さらに「順帝紀」では「477年に倭王が朝貢してきた。478年に倭王武が朝貢してきた」とある。(私の言うことを疑うならば原典に当たってほしい。)
これを素直に解釈すれば、477年に朝貢してきた倭王は(従来通り)倭王興であったから、帝紀にも名前は載らなかったし、倭国伝にも特記はされなかった。478年に倭王武が始めて朝貢してきたから、定期と倭国伝の双方に名前が掲載された、ということになる。
ところが、「雄略天皇=獲加多支鹵大王」説は「獲加多支鹵大王」と記された稲荷山古墳から出土した鉄剣における「辛亥」の干支が472年であることを前提にしている。
確かに、現時点での考古学研究の成果からすると、その結論は正しい。
だが、472年にはまだ倭王武は即位していないはずだ。『宋書』を見る限り、477年まで倭王興は健在のはずなのである。
仮に、477年に朝貢したのも倭王武なのだが、『宋書』の作者なり当時の記録官が「うっかり」倭王の名前を書き忘れたのだ、としよう。
その仮説――宋の記録官か『宋書』の作者による「うっかりミス」説――を導入すれば、「雄略天皇=倭王武=獲加多支鹵大王」説が「すんなり」成り立つのであれば、それも一つの仮説として成り立つ。
だが、現実には、違う。
稲荷山古墳出土鉄剣銘文には次のように記されている。
「獲加多支鹵大王寺在斯鬼宮時」
これを通説では次のように読み下してきた。
「獲加多支鹵大王の寺、斯鬼宮に在りし時」
そしてこのように解釈したのである。
「獲加多支鹵大王(=雄略天皇)の寺(=役所)が、斯鬼宮(=朝倉宮)にあった時」
ところが、これがとんでもない矛盾なのだ。
なぜなら、倭王武は自分の役所を「府」と称していた、と『宋書』にはある。
「寺」にも役所の意味はあるが、「府」よりもワンランク下だ。
まさか、稲荷山古墳出土鉄剣の作者は、田舎者で漢字の意味をよく知らず、「うっかり」と勝手に王様を「降格」してしまったのだろうか?
中国の史書の記述も「うっかりミス」であり、一級史料のはずの金石文も「うっかりミス」で作られた、という「二重の偶然」を前提としているならば、少なくとも仮説としては強引である。
その上、「雄略天皇=倭王武=獲加多支鹵大王」説の細かい問題点を挙げるときりがなく、この仮説を支持することは私には出来ない。
どうしてこういう矛盾が出て来るのか、というと文献史学上の「雄略天皇=倭王武」説と考古学上の「雄略天皇=獲加多支鹵大王」説を「正しい」としてしまったからだ。
だが、「雄略天皇=倭王武」説は「倭の五王=大和王朝」説を前提にしているが、倭の五王の年代と『古事記』の年代記述がまったく一致しないことは、これまでに述べている。
その上、上記の矛盾を放置して尚、「雄略天皇=倭王武」説を主張するのは難しいだろう。『古事記』は造作、『宋書』は間違いと切り捨てて様々な矛盾を放置するのが、本当に正しい学問の方法とは言えない。
仮に『古事記』も『宋書』も矛盾しているが、実は両方とも間違えているのだ、と言うならば、必要なのは「どうしてそのような造作やミスが起きたのか?」という論証である。
これが「倭の五王=九州王朝」説ならば何の問題もない。別の王朝のことを記しているのだから、矛盾していて当然なのである。
そもそも、現在の通説である「記紀造作説」は「考古学と神話の内容が一致しない」ということから「有力な仮説」として注目され、戦後は定説にまでなった。
しかし、戦後になって発掘調査の行われた出雲の荒神谷遺跡や奈良の纏向遺跡は、逆に『古事記』の説話の内容と一致するようになっている。
もはや、津田史学は歴史的役割を終えた方法論と言っても良いだろう。
「雄略天皇=獲加多支鹵大王」説もそうだ。
この稲荷山古墳にはすでに二つの埋葬スペースが見つかっており、さらに近年、まだ発掘されていない石室が存在する可能性が指摘されるようになった。
しかも、その「第三の石室」の方が主葬者である、という指摘も出て来る。
仮にそれが正しいというと、将来「第三の石室」の発掘成果如何によって鉄剣銘文の解釈が変化する可能性もある。何も現時点で矛盾だらけの「雄略天皇=倭王武=獲加多支鹵大王」説を唱える必要はないのである。(もっとも稲荷山古墳は文化財に指定されているので発掘できない。)
なお、天皇陵や陵墓参考地にも、様々な銅鏡や鉄剣が埋まっているはずで、それは貴重な金石文なのだが、こちらも発掘は禁止されている。この問題については、また述べたい。
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