生長の家正統派青年のブログ

正統な宗教法人「生長の家」は1983年に自民党と訣別し、2016年以降は全ての国政選挙で自民党不支持を訴えています。私は現役の生長の家青年会・生長の家教職員会・生長の家宇治別格本山宝蔵会の会員として未熟ながらも率直な感想を書きます。

「口撃する自由」だと?

某宗教団体の副代表が、「谷口雅春先生に帰る」と称する匿名掲示板で次のような投稿をしたらしい。

批判する自由、口撃する自由は、何人にも保証されなければなりません。

これが宗教家の発言であろうか?

 「批判」と「口撃」とは、全く別物である。

「口撃」とは、何か。デジタル大辞泉では次のようである。

[名](スル)《「攻撃」のもじり》弁論で他者を批判・非難すること。口先で攻撃すること。「対立候補を口汚く口撃する」

ただの「批判」では、ない。「批判」は必ずしも「攻撃」では、ないからだ。

同じくデジタル大辞泉では、次のように記されている。

[名](スル)
 物事に検討を加えて、判定・評価すること。「事の適否を批判する」「批判力を養う」
 人の言動・仕事などの誤りや欠点を指摘し、正すべきであるとして論じること。「周囲の批判を受ける」「政府を批判する」
 哲学で、認識・学説の基盤を原理的に研究し、その成立する条件などを明らかにすること

これを見れば判るように、「批判」に「攻撃」の意味はない。「口撃の自由」とは、宗教家が口にするのはあまりにもナンセンスである。

このような人物が「万物調和」を説いた谷口雅春先生の名前を騙るとは、詐欺にも等しいことである。